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親と子

約半年ぶりのブログとなってしまいました。

 

徹夜もあった怒涛の年末年始を乗り越え、ブログを再開しようと思っていた矢先、父が脳内出血で入院。

それから頻繁に実家とつくばを往復する日々が始まりました。ブログを書く時間も、そして書こうとするモチベーションもわかない状況が続き現在に至ります。

 

4月に入り、父の容体も、そして自分自身の気持ちも少し落ち着いた今、最初にブログを書き始めた目的に立ち返り、再開することを決めました。

 

 

なぜブログを書き始めたのか?

 「人の命は儚いもの。明日が今日と同じように生きていられる保証はどこにもない。

二人の娘が成人の日を迎える前に自分が死んでしまう可能性もある。だから、いまこの瞬間から、何か子供たちの未来に役立ちそうなものを残せないだろうか・・・」

 

いまから遡ること5,6年前。幼馴染の死をきっかけにそんなことを考えていました。

 

考え続けること数か月。当時、周囲でも書いている人が増え始めたブログを書こうと決意します。

 

「私が、どんなことを考え、どんなことに悩み、どんなことを大切にしながら毎日を生きていたのか?それを書き残してみよう。例えば私が30歳のころに悩み考えたことが、30歳となった娘たちの役に立つかもしれない。そして、書き残すのであれば、ノウハウやテクニック=流行ではなく、どんなに時代が移り変わっても変わらない普遍的な原理原則=不易を意識しよう」

 

そんな考えを前提に始めたブログ。しかし、東日本大震災をきっかけに書けなくなり、知人の励ましで再開するも、今年に入って再び書けなくなってしまいました。

 

 

意識の戻らない父

 私の父は仕事人間でした。自営業者の父には土日もなく、深夜でも電話があれば仕事に出かけていく。そんな父の背中を見送りながら、仕事って大変だな~と子供ながらに思っていました。

 

父は、時々私を仕事場に連れて行ってくれました。仕事場での父は、子供の私が観てもわかるほど手際が良く、とてもかっこよく見えました。休憩中に貸してくれた工具を使い、廃材で遊ぶ。そんな時間がとても楽しかったことを覚えています。

 

そんな仕事人間だった父が、今年の正月明けに突然倒れまました。仕事に行こうと立ち上がった直後に倒れたと聞いたとき、「親父らしいな~」とつぶやきました。

 

なんとか一命を取り留めましたが、話すことも動くこともできない状態が続いています。

 

父は、私とは違って口数の少ない人でした。ですので、父の言葉で印象に残っているものは残念ながらありません。

 

一方で、仕事をしている後姿や、疲れて寝ている姿がとても深く記憶に刻まれています。

 

病室のベットに横たわる父を見ながら、そんな昔の姿を思い出し、力が入らなくなったごつい手を久しぶりに握ってみて、息子であること少し誇りに思いました。

 

 

楽しみながら真剣に

父は、父らしく私に大切なことを教えてくれたように思います。

 

それは、仕事と向き合う姿勢です。

 

私は基本的に仕事が好きですし、死ぬまで働きたいと思っています。父がどんな気持ちで仕事に臨んでいたのか、いまとなっては聞けません。でも、少なくとも子供時代の私にはとても楽しそうに見えました。そして、いつも真剣なまなざしでした。

 

「楽しみながら真剣に」という姿勢は、そんな父の姿から学んだことがベースとなっています。

 

父が背中で私に教えてくれたことを胸に、私も子供たちに役立ちそうだと思うことを書き伝えてみよう。そんな想いに再び至ることができた今日この頃。

 

次回は、最近取り組んでいる『里山資本主義』について書いてみようと思います。



 

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