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人を評価するということ

今日は渋谷ヒカリエの近くで評価者研修についての打合せがありました。

打合せ終了後、ヒカリエの低層階を少し歩き、男1人で楽しむ場所ではないと感じて直ぐに帰路へ^^;

電車の中で読んでいた雑誌の『学級崩壊とは無縁の学級経営を続ける一人の小学校教諭』に関する記事が目に留まり熟読。自宅に着くと二学期制の子供達から通信票を受け取りました。

 

ということで、今日は何かと「人を評価するということ」について考えさせられた一日でした。せっかくの機会なので少しまとめてみようと思います。

 

評価基準の必要性

まずは、移動中に読んでいた記事について。

  次に私は子供たちに、このクラスでのルールを明確に伝えます。例えば、一所懸命に頑張って失敗したことは絶対に叱らないこと、そのかわりに人が嫌がることや、人を馬鹿にすることは絶対に許さない、などを挙げていきました。

 集団にはルールが必要です。ところがもしそれが教師のその時々の気分で左右されているようでは、子供達はとまどってしまうでしょう。何を叱り、何を褒めてくれるかということを明確に伝えることは、子供たちに安心感を与えることに繋がるのです。

致知十一月号 『子供が蘇る授業 教育は初動にあり』 平 光雄より一部抜粋

 

初動教育、ワークショップで言えばオープニングに当たる最初に接する機会。この重要性に気づき、紙芝居を使って、子供達の中にある『変わりたい』『成長したい』という思いに火をつけるというユニークな取り組みを実践し成果を上げている平先生。その初動教育の一環として取り組んでいるのが、引用した『ルール決め』だそうです。

 

集団にはルールが必要である。これは、人類の歴史において変わることのない普遍の原理原則です。ルールがあるから組織となる、組織があるからルールができる。どちらが先かはケースバイケースだと思いますが、いずれにしても集団にはルールが必要となる。

 

そのルールをどのようなものとするかが集団のあり方、進む方向に大きな影響を及ぼします。

 

通信票と人事評価

さて、家に帰ると子供達が通信票(私の時代は通信簿と呼ばれていました)をニコニコしながら渡してくれました。納得のいく結果だったようです。努力し続けた結果、苦手だったことを克服できたり、得意なことを高く評価されたりすることは、大人でも子供でも嬉しいものです。

 

通信票は、国語・算数・理科・社会・体育などの教科に対し、その期間中の到達目標(定性的、定量的な目標)が定められているため、比較的評価しやすいと言えます。ただし、通信票はあくまで結果(成果)に対する評価です。先ほど引用したルールは、日々の行動に関する評価基準、人事評価的な言葉を使えばプロセス評価にあたるものです。

 

授業中や掃除、学校行事など、学校生活全体を通じて大切にすべきルールを定める。そのルールが守られた結果としてクラスや学校全体の通信票という成果につながるというわけです。

 

いくつかある人事評価制度の中で、この日々の行動(プロセス)を評価しようというものがあります。行動特性評価やコンピテンシー評価などと呼ばれるもので、先ほど引用した記事のルールにあたるものです。

 

結果(成果)だけで評価し処遇を決定する成果主義は、日本でも一次ブームとなりました。しかし、いまでは多くの企業がプロセス評価を取り入れています。極端な成果主義が、学級崩壊に近い現象を企業にもたらしたためです。

 

プロセス評価は日々のコミュニケーションが重要

しかし、このプロセス評価も万能な方法というわけではありません。プロセスを評価するためには、日常の観察とコミュニケーションが欠かせません。それが評価者の大きな負担となります。日々、どのような行動を取っていて、その行動はルール(評価基準)に照らし合わせた場合に良いのか悪いのか?悪い場合は改善を促すためにフィードバックし、良い場合には褒める。そんな日常の積み重ねがプロセス評価には求められます。

 

これは企業に限らず、学校や家庭でも同じなんだと改めて実感した一日でした。

 

守るべきルールを明らかにすること。そのルールに則って互いを認め合い、フィードバックをする。そのような日常のコミュニケーションの積み重ねが集団を同志へと変えていく・・・

 

本業である人事コンサルタントとしては無論のこと、二人の子供を持つ父親として、あるいは地域活性化に取り組むチームのトップとして、大切なことを再認識できた一日でした。



 

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